Remember My Name

槇原敬之の18枚目のアルバム『Heart To Heart』についてのレビュー。ネタバレを多分に含みます。

Heart to Heart(初回生産限定盤)(DVD付)

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1. 2つのハート
2. Jewel In Our Hearts
3. 犬はアイスが大好きだ
4. LUNCH TIME WARS
5. 林檎の花
6. Appreciation
7. White Lie
8. 風は名前を名乗らずに
9. 軒下のモンスター
10. Remember My Name
11. 今日の終わりにありがとうを数えよう

サウンド的なこと、音楽的な部分には、槇原さんの手癖を見た感じ。いつも通りという。前作でハードロック(槇原流の、という但し書きが付くが)がやりたいといってチャレンジしたのに比べれば、コンサバティブと言わざるを得ない部分も無きにしも非ず。だがこのアルバムは、その音ではなく歌詞において、彼なりのチャレンジが見えた


序盤は日常的な歌詞が並んで、「こんなことも歌にしてしまうのか!w」というある意味オプティミスティックというか、安心感みたいなものがつきまとってる。
翼広げたり会いたくて震えたりはしない代わりに、犬がいたり、ありがとうをつぶやいたり、神様の存在を感じたりするのが槇原敬之の日常
でも心が洗われるような『林檎の花』辺りから急に風向きが変わって、震災と原発とめちゃくちゃになった東京の街をテーマにした2曲が、アルバムの空気感をがらりと変えてしまう。日常と非日常という意味でもそう。


『林檎の花』が、3月12日に開業予定だった東北新幹線のために書き下ろされ、そのタイミングで発売される予定だったことも俺は知っている。それを知ったうえで聴くから、ますます『Appreciation』と『White Lie』の2曲が深い深い意味を持つ。
阪神淡路大震災の頃の槇原敬之は、まだ愛や恋について歌うことが義務化されていたから、むしろ地震の影響をなるべく見せないようにしていたのではないかと邪推するのだけれど(これはリアルタイムで見ていない。また彼の地元の高槻市は被害は大きくなかったと思うけれど……)、今回は震災に対して真っ正面から向き合った。向き合うことを許され、また彼自身、そうしなければならないと感じたのではないか。それが出来る立場を、偶然にも彼は手に入れていた(これについてはラストで)。


Jewel In Our Hearts』について。
バックストリート・ボーイズのニック・カーターに書いた曲を自らカヴァーした。この曲に限らず今回は同じ歌詞の繰り返しが多い。そこに強調の意図があるのかどうかは分からないが、気になった部分ではある。キーを上げる必要はなかったと思うけれど。ギターのフレーズが目立ったニック・カーターのver.の方が好きっちゃあ好き。


軒下のモンスター』について。
恐らくこの曲はこのアルバム一番の問題作であり、これまでの、そしてこれからの槇原敬之にとって、明確に自分のセクシャリティについて触れたという点で非常に重要な曲になると思われる。
12年前に覚醒剤所持の疑いで逮捕された彼が、同性愛者であると報道されてから随分長い時が流れた。俺もその事件についてはリアルタイムで見ていたし、後になって当時の裁判について調べたりもした。
復帰後、一度だけメディアの前で自身が同性愛者であることについて話をしていた記憶があるが、それを明確に歌に取り上げることはないままにここまできた。


ところがこの曲である。叙述トリック的になっていて、ぼんやりと聴いているだけでは理解出来ないが、彼女も出来ず僕を夏祭りに誘った君」のことが好きで、その「恋は上手くいきそうもない」。さらには「親を泣かせる」わけにはいかないというリリックから彼のセクシャリティについて触れるのは穿ちすぎではないと思うんですが。
俺はそういう曲を、長いキャリアの中で一曲二曲作ってもいいと思う。むしろこの曲を作ることを目的として、レコード会社から独立したのではないかとすら思うのだ。


今日の終わりにありがとうを数えよう』について。
アルバムの最後に明確なエンディング曲があるというのは俺は好きだ。『太陽』における『Ordinary Days』でもいいし、『Cicada』や『本日ハ晴天ナリ』のタイトルナンバーでもいい。アルバムを聴き終えて「良かった」と思わせてくれるエンディング、俺は好きだ。


Buppuレーベルからの第1弾アルバム。それはレコード会社からインデペンデントな立場になった槇原敬之が、本当に自分が伝えたいことを伝えられるようになり、早速それを実現したのではないかと考えられるアルバムだった。前述した震災や原発のこと、自身のセクシャリティのことをここまで明確に、かつ真摯に歌えたのは、タイミングや偶然の産物もあれ、Buppuレーベルのおかげではないか、と考えている。