Sing All Love

茅原実里3rd album『Sing All Love』のレビュー。

Sing All Love

Sing All Love
01. 覚醒フィラメント
02. Final Moratorium
03. Tomorrow's chance
04. 書きかけのDestiny
05. 孤独の結晶
06. Love Medicine*
07. 雨音のベール
08. tea for two
09. PRECIOUS ONE
10. サクラピアス
11. Falling heaven's now
12. Flame
13. Perfect energy
14. sing for you


01. 覚醒フィラメント
今回は最初から長めの曲を投入。例によってエレガ菊田のサウンドに畑の歌詞なんだけど、コーラスの感じとかがなぜかSUPER EUROBEATを連想させるんですよね。ただこの曲のテンポや盛り上がり具合も次のFinal Moratoriumへの序曲の意味合いは強いかな。

02. Final Moratorium
アルバムのリードナンバー。茅原実里お得意の疾走感のあるデジタルロックだけど、静と動の抑揚がしっかりしている。ストリングスは今までのリードナンバーほど全面に出てくることはないし、PVも曲調も『詩人の旅』『Voyager Train』とはまったく違うけど、ギターと打ち込みの中である程度きっちりと存在感がある。居場所があるといった方がいいかな。今までの楽曲の中でも飛び抜けてクールでスタイリッシュ!

03. Tomorrow's chance
6thシングル。シングル発売当時は夏特有の応援歌だったけど、今このアルバムを通して聴いていく中ではアルバム前半の山場とも言える。覚醒フィラメントでエンジンをかけてからガンガン盛り上がっていく間のワンステップという捉え方。ここまでの3曲はメインボーカルはもちろんのこと、コーラスのインパクトがけっこう強いよね。この曲で元気を出さないと次の曲についていけない。

04. 書きかけのDestiny
お待ちかねの生バンド楽曲。イントロだけならビジュアル系の楽曲にも聞こえるね。Bメロでワルツを取り入れるというとんでもない変則技を出してきた。ワルツ部分のベースラインやギターは印象的。この曲はライブでやったら熱狂するだろうなぁ。ドラムも本気。みのりんの歌い方も今までにあまりなかったタイプ。クールに歌うでもかわいく歌うでもなく熱唱!多少B'zの影響はあるかもね。

05. 孤独の結晶
一気にスピードは落ちるけどなかなか不思議な楽曲だ。打ち込みのブラスとネチっこいリズム、流れの美しさよりもインパクトの方が強いメロディ、全てが不思議な楽曲だ。しかし解せないということはない。アルバムの中で一番意外性がある。ただ評価しにくい曲ではありますね。

06. Love Medicine*
こだまさおり作詞曲4連続。この4曲には薄い関連性があると思う。この曲を或る恋の始まりとして聴き始めることをお勧めしよう。暗い悲しい楽曲と思わせてサビはメジャー。それ自身、恋の始まりと射し込む光を表しているんじゃないのかな?medicineの優しさがストリングスという形で滲み出ているようにすら聞こえる。このキラキラした音、『ふたりのリフレクション』を連想させるんだけど、どうかな?

07. 雨音のベール
キーボード一本で始まるイントロ、そしてイージーなメロディ。この曲から急にテイストが変わる。作曲者が変わったとここまで明確に分かるのも珍しい。変に奇をてらったところはないけど分かりやすくていいじゃないか。確かに今時の曲というには古くさいけど、みのりんのクリアな声で、無理なく声そのものを楽しめる。『Love Medicine*』から始まる恋愛模様その1でもある。

08. tea for two
ピコピコサウンドと緩めのカッティングの効いた優しいアコースティックギターが印象的。今度は歌詞がガラリと変わった。こだまさんはこんな歌詞も書けるのかい!たまにはこういうのも書いてくれないと、畑亜貴の歌詞は特に、けっこう聴いてる側が疲れてくる。大袈裟なんですよね。博愛的ではないけど、個人的な幸せがいっぱいに詰まった曲です。こいつのアレンジもアグレッシブだったり斬新だったりということはないけど、味がある。

09. PRECIOUS ONE
7thシングル。ここまで幸せいっぱいな雰囲気、その恋愛の結末がこんな失恋と別れだったと思うとこの歌詞の意味がリアリティを伴って深く突き刺さる。もちろんシングルだけでは分からないけどね。ここまでの3曲に対するアンサーソングとして解釈してもいいんじゃないかな。こっちもアコースティックのストロークがあるけど、むしろ冷たさ、寒さ、寂しさを引き立たせているようにしか聞こえない。それがまた対照的になっている。『PRECIOUS ONE』⇒『Sing All Love』のリリースの間隔を考えると、これは最初からこだまさおりの計画的犯行だったのではなかろうか。

10. サクラピアス
フラメンコみたいなラテンと和の融合における一つの形ですね。リズムを刻むのが普通のドラムじゃないパーカッションと、クラシックギターのが特徴的。こういう楽曲に本来ストリングスは合わないはずなのに、楽曲に可憐な美しさを見事にプラスしている。この楽曲も『PRECIOUS ONE』から続くと見てもいいし、回顧を越えた後の後悔と懺悔として読んでもいいんじゃないかと。

11. Falling heaven's now
この辺りでいつもの茅原実里サウンド/リリックに戻ると思っていいだろう。ストリングスが全体的に強い立場にある。Aメロで細かく音を刻んでいくのが大好きです。サビ以前の歌詞が全てサビへのティーザー(焦らし)に思えた。

12. Flame
基本的に『Falling heaven's now』の雰囲気のまま。コロコロ曲調が変わるだけではいけないのかもしれないけど、でもこの2曲の間で根本的な棲み分けがされていないように思ってしまう。むしろまたワンセットとして考えるとしっくりくることもありますね。

13. Perfect energy
生バンド2曲目。リンドバーグとかが近いかな。タイアップがついて面白そうな曲でもある。白河ななか名義の時の雰囲気にも似ている。こんな分かりやすくてまっすぐなロックナンバーはあんまりなかったようにも思います。

14. sing for you
音の鳴りが丸いキレイなピアノ一本。歌い方と合わせてEvery Little Thing持田香織を思い出させる。2番は優しいギターのアルペジオとストリングス、そしてパーカッション。終盤でやっとフルバンド。ベースやエレキギター、ドラムも加わるその様は、まさに自分を支えてくれる仲間が少しずつ増えてゆくということ。やたら凝るみのりんの曲の中で異彩を放っています。メロディとか聴いてると、教科書に載ってそうにも感じる。市場に出ている中では茅原実里初作詞、ゆえにノンフィクション。この歌詞のバックグラウンド=茅原実里の経歴を知った上で聴くとその意味はクリアになるんじゃないかな。今までのアルバムほど仰々しく、祝福に包まれて終わるわけじゃないけど、最後には相応しいんじゃないかな。


特典ディスク『Minori Chihara Live 2009 "SUMMER CAMP"』について
安い。プラス800円(BDは1800円)で丸2時間のライブDVDが手に入るなんて。それこそ5000円で売っていてもおかしくないようなボリュームとクォリティで、しかもまだ去年の夏のライブが見られるなんて。
先にバラしておけば、ライブで特別に歌ったB'zやプリンセスプリンセスのカヴァー、そして(黙殺されがちな!)デビューアルバム『HEROINE』の楽曲などは(レコード会社が違うので)権利関係の都合上カットになっている。なぜか『ハレ晴レユカイ』までカットされている。しかしその部分の映像も決して無駄にされることはなく、多少強引で苦笑いしてしまうような形ではあるが活かされている。
俺はDVDの評価をあまりした経験があまりないので、他と比べてどうこうという見方をすることは出来ないが、このDVDはなかなか出来が良かった。5000円として見たら並みかもしれないが。
画質はブルーレイの方がいいことも分かっているがDVDでも取り立てて不満はない。ただもう少し映像が滑らかじゃないとドラムの連打にフレームが足りてない感じ。もう物理的なDVDの限界に達しているのであればスタッフの頑張り云々の話ではないので責めるのはかわいそうというか筋が通っていないわけだが。
何よりもカメラの数がけっこう多く、観客まで含めた会場全体を収録したことで臨場感がプラスされていることは言うまでもない。
安くていい映像を特典に付けたいという作り手側の情熱があったからこそ権利関係でお金のかかる収録はしなかったのだろうし、これだけ安くてこれだけのクォリティだとは思っていなかった。これじゃあもうマトモなライブビデオなんか買えないね。高い高い。
何はともあれ、充実したライブDVDである。ベストアルバムとニューアルバムが一緒になった倖田來未もいいけれど、アルバムにライブDVDがついた茅原実里もなかなか魅力的なのではなかろうか。


総括
今回のアルバムで印象的だったのはコーラス。メインボーカルの三度上に入っている時が多かったので、コーラスが影に徹するのではなくコーラスが華やかさを増しているというように聞こえた。あまり見かけないやり方だから最初は違和感があるけど、聴き込んでいくうちに良く思えてくる。
サウンドメイキングに関しても、今までよりもさらに地に足の着いた雰囲気になっているし、むやみに斬新さを追い求めることはしなくなった。それが客観的に見て、普遍的な音楽の価値として(そんなもん存在するのか?)いいかどうかは分からないが個人的には賛成である。最高にカッコいい『Final Moratorium』を除けば、脳天を一発で撃ち抜くようなキャッチーな曲はないかもしれない。だからパッと聴いた感じでは古くさかったり退屈に感じる人もいそうなアルバムだとも思う。しかし(もちろんフォローではなく本音として)、この楽曲群は、購入した翌日である今の時点ですでに聴き込んで良さが分かってくることが容易に予想できるのだ。いわゆるスルメ曲である。
思想の面では今回のテーマを早々に“愛”に据えてたから、ほとんどの楽曲で“愛”“愛する”“恋”“Love”というワードが織り交ぜられている。それは単純に、日本語や英語の“愛”“Love”で定義されるものの範囲が広すぎるからであって、その歌ひとつひとつによって同じ言葉でも意味合いは変わってくることはよく分かるだろう。自己愛、愛の渇望、恋の始まり、寄り添う愛、友人への愛、失恋、隣人愛、感謝。“愛”の一言で表しきれないからこそ、曲を変え周りの言葉を変えて伝えよう、表現しようとするのだ。だから『Contact』とは逆に、曲調には一貫性がないが思想・目的に一貫性があるアルバムが『Sing All Love』であって、一種のコンセプチュアル・アルバムと言ってもいいだろう。