too late? not late...

今やましにビートルズのベスト盤『1』を借りてます。今さらながら大変おもしろうございます。

バンド・サウンドはプリミティブな方が好きだからこそ、かな。あんまりメタル感のない音が耳障りがいいと思うのもある。
湖風祭関係で個人的な思い出のある『Lady Madonna』なんかもチャート1位になってたんやね。去年の夏頃に左利きのポールの真似をして左手のベースラインをメロディにしようとして失敗しましたね。
その他諸々も、何だかんだで知ってる曲ばっかり。コレはすごいことやと思いません?エイクスエアのディオワールドに行くといつでもビートルズがかかってますからね。そんなとこに10年以上も住み着いてりゃ、そりゃあ曲の1つや2つくらい覚えてしまいますよってに。
実のところ俺は相変わらず、巷で流行りのリマスターボックスが欲しくてたまらないんですが、見方を変えて、1アーティストにつきベスト盤1枚聴いておけばいいのではなんて考えも持っています。どっちが正しいのかというより、他のアーティストに適用してる考え方が果たしてビートルズに通用するのかどうかっていう方が問題です。多分通用しないよね。
いくらビートルズがモノラルを重視していたといっても、俺は明らかにステレオ支持派です。ついでにレコードよりもCD支持派です。やっぱり左右チャンネルに異なったパートを乗せられるっていうのは、曲全体がガサツにならずに音の数や厚みを増す最善の方法ですからね。それとやっぱりレコードとCDはCDの方が当然便利だし俺だっていいよ。レコードにはレコードの良さもあるけど、廃れつつあるものにすがりついてまで得たいと思うものは今のところないかな?年をとったり何がしかの経験を積んだりすれば或いは考え方も変わってくるのかもしれませんが。


抽象的な言葉ではなく物に依存してメッセージを暗喩する洋楽特有の(日本の方が異端?)言い回しも大好きです。JPopの歌詞が本質と言葉尻を仲介する“モノ”をすっ飛ばして“概念”だけで作られているのは暗喩の見抜けない受け手のレベルが落ちたのか、はたまた作り手のレベルが落ちたのか。そのまま英語に訳したらものすごく気持ち悪いです。
村上春樹の小説は逆に英語に訳すとストンと落ちるらしいけど、それは抽象的な言葉に頼っていないということなんだろうか。
セイン・カミュが訳した『僕が一番欲しかったもの』やジャズシンガー綾戸智絵が訳した『どんなときも』なんか、出来る限り直訳を通したために意味不明です。いや、綾戸さんやセインさんの訳が下手だなんて断じて思ってないんですが、確かに俺が訳してみても同じようになりましたからね。


落語界の大御所、三遊亭円楽師匠が肺ガンで亡くなられてしまいました……ついこないだ、数年前まで笑点にも出演されて長きに渡って司会者をやってはったし、歌丸師匠のサポートを受けながら最後に笑点に出てはったことは今でも鮮明に覚えてるわ。俺がテレビを見てお世話になってた期間は5年くらいやったけど、やっぱりもう二度と見られないと思うと寂しいものがあります。
すでに来年には弟子の楽太郎さんの6代目円楽襲名を決めてはったと初めて知りました。楽太郎さんの還暦に合わせて襲名披露が控えていたみたい。
林家木久扇(前・木久蔵)さんも自分がまだまだお元気なうちに息子に名前を譲ってしまわはったしね。どちらも、誰に自分の名前を引き継いで欲しいかっていう望みが叶ったっていう点では良かったのかもしれない。自分が去ってから本意ではない人に引き継がれるのがやっぱり嫌だったと聞きます。
でも両円楽師匠揃い踏みなんてのもこの目で見てみたかった。瞼を閉じればそんな光景も目には浮かぶんですが、やっぱり自分のこの眼で見ないことには収まりかつかないのもまた事実。師匠が自分がどんなにやり尽くしたと思っても、やっぱり他人である俺は過度な期待をしてしまう。加藤和彦さんの時は生涯最後のコンサート、松任谷由実のTRANSIT TOURへのゲスト参加を偶然にもWOWOW無料デーで見られたけどさ。
楽太郎さんも仕事があって最後には立ち会えなかったらしい。人間ってのはたとえどんなに死期が近くても、さあこれからお別れですというわけにはいかないんですね。ドラマじゃないんだから。

世界というのは次の世代に順々にバトンタッチし続けて数千年間かけてここまできたということは分かっています。有史1万年での累計人口は200億人とも900億人ともYahoo!知恵袋で試算されてたけどさ。積分を使えばある程度近似値は出せるかもしれない。
でもやっぱり世の発展や自分の趣味なんかに関係した方が亡くなってしまうたびに、俺は諸行無常の虚しさを感じずにはいられないのです。マイケル・ジャクソン然り、レスポール然り、臼井儀人然り……人は変わってゆくし世の中も変わってゆく。夜の流れに抗った者は駆逐される。学校の日本史を学んでいるだけでもそれくらいのことは感じます。

以前、栗東WonderGooの閉店について話しましたが、新しいテナントが入ることが決まりました。隣接のHARD OFFがOFF HOUSEとして古着屋みたいなのをオープンさせるらしい。OFF HOUSEそのものはWikipediaで読んで知っていましたが、まさか滋賀県に出来る日が来るとは。草津駅西口の古着屋が今年閉店して猫カフェに変わってしまったので穴を埋めるには最適かな。でも厳密には俺が欲しいのは本やCDが安い店であって、古着屋ではないというのが正しい。まあ、ワガママも言えませんけどね。

明日は京都の代々木ゼミナールで阪大プレ模擬試験があります。まあ腕試しですね。もちろん手は抜かないけど気負わずに戦いたいものです。模試で経験を積むことは大事やけど、模試ばかり受けていても仕方がない。っていうか体力が続かないからあんまり意味がない。気を楽にして行ってきます。ゲームみたいに楽しんでやればいいよね。